このページの修正はsingle.phpで作業します

触発とアーティスト:篠原猛史さん

投稿日:2024年11月07日

投稿内容に関連するキーワード

 前回に続いて、触発(インスピレーション)について、お話をしたいと思います。今回は、一人のアーティストを紹介します。現代アーティストの篠原猛史さんです。篠原さんにはかれこれ20年近く研究にご協力頂いています。岐阜県にある美濃和紙の里会館で開催された、和紙を使った作品展でお会いしたのがその始まりでした。
 会場には大勢の出展者や関係者が集まっていたのですが、その中でも篠原さんはひときわ背が高く、独特の雰囲気を醸し出していました。篠原さんの出展作も会場内で一番大きかったのですが、プロペラをモチーフに和紙の柔らかさや透明感を効果的に表現した作品だったと記憶しています。
 そんな篠原さんに、「作品を制作しているところを観察させて欲しい」とお願いしたところ、快く引き受けていただき、そこからずっと私たちの研究にご協力頂いています。研究だけでなく、講演やワークショップも実施していただきました。前回のブログで紹介した書籍『触発するアート・コミュニケーション』には、篠原さんによるワークショップの様子がまとめられています。
 篠原さんのワークショップでは、「じっくり見て感じること」「じっと耳を傾けて感じること」から始まります。秋に実施したときには、床にたくさんの落ち葉を敷き、その上を歩いたりしました。中には裸足で歩く参加者もいて、肌に触れる落ち葉の感触、カサカサと歩く音、落ち葉から漂うかすかな土の匂いなどに注意を傾けていきました。それと同時に、自分の中で浮かぶイメージや感情にも意識を向けていきました。身近にあるものに触れること、その時に感じること、それら全てが参加者自身の表現を触発するようにと、篠原さんはそっと促していたのです。
 篠原さんご自身も、身の回りにある様々なものと触れあう中で、自然に表現が生まれることを大事にしています。篠原さんが作品を制作するところを、最初に観察させていただいたときのことです。篠原さんは、画材だけでなく、台所からステンレスボウルや摺り子木、スポイト、スポンジ、ライターなどを持ってきて、準備をし始めました。篠原さんの身長ほどもあるような大きなサイズの紙を床に敷くと、おもむろにボウルと摺り子木を手に取り、ポーンと静かにたたきはじめました。ボウルで音を出しながら紙の上でしゃがんだり、アトリエの隅に移動したりして、じっと音の変化に意識を向けていました。篠原さんは、音からどのようなイメージが生まれてくるか、ゆっくりと探索していたのです。紙の上に座ってボウルを床に置くと、今度は手で紙を撫で始めました。サーっと紙を撫でる音、コツコツとコンテで紙を叩く音、摺り子木でコンコンと叩く音、色々な音を出していきます。まるで紙と対話をしているようでした。こうして描き始められた作品の創作過程については、論文にまとめていますので、興味がありましたらぜひ読んでみてください。

Okada, T., & Yokochi, S. (2024). Process modification, metacognition, and uncontrollability in an expert contemporary artist’s creative processes. Journal of Creative Behavior.
こちらから

こども心理学部

横地 早和子

横地 早和子
(YOKOCHI Sawako)

プロフィール
専門:認知心理学、教育心理学、認知科学
略歴:名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士課程後期修了。
東京大学大学院情報学環・学際情報学府特任研究員、同大学院教育学研究科特任助教を経て、現職。

PageTop