私は小学校に勤めた経験を生かし、教育実習を担当しています。学生たちと話すと、学級担任として働くことに、不安を口にする学生が少なくありません。その理由の一つに「保護者との付き合い方」があります。「小林先生は、保護者の方とトラブルになったことはありますか?」―そんな質問を受けるたびに、思い出すことがあります。私が小学校に勤めて2,3年目の若いころの出来事です。
私が出張中、担任するクラスで子ども同士のケンカがあり、関係する保護者から「自宅に来て説明して欲しい」と連絡がありました。「ウチの子がA子ちゃんから悪口を言われて傷ついている」というのです。かなり強い口調だったため、その日のうちに家庭訪問しました。
家に行くと、ご両親とB君がそろって待ち構えていました。ご両親はB君に「どんなことされたのか」と促し、ケンカの状況の説明が始まりました。私はその場にいなかったこともあり、ただただお詫びと、これから同じようなトラブルを繰り返さないよう努めると伝えるだけで精一杯でした。
その時、チャイムがなりました。A子ちゃんのお母さんがアポなしで乗り込んできたのです。B君のお父さんは「連絡もなしに来るなんて、非常識にもほどがある」と憤慨しました。A子ちゃんのお母さんは格闘技をしており、身体も大きく迫力があるので、私は「とんでもないことが起きるぞ。どうしよう。」と、オロオロしてしまいました。(今考えると情けない限りです)
A子ちゃんのお母さんが2階のリビングに上がってきて、話し出しました。
「君はね、私の職業をバカにしたそうだね。だからウチの娘は、怒ったんだ。でも、それはいい。君に言いたいことは他にある。」―お母さんの真剣なまなざしに、みんなが聞き入りました。
「君はウチの娘に『死ね』って言ったんだよ。『死ね』って言葉は、絶対に言ってはいけないんだよ。なぜか、わかる?」―なぜだろう。汚い言葉だから?相手が傷つくから?自分はクラスでは、そう子どもたちに伝えている。お母さんが続けます。
「人はね、いつ死んでしまうかわからない。だれでも、病気や事故で死んじゃうかもしれない。もし、ウチの娘が何かの不幸で今日死んじゃったら、君は一生その言葉を背負っていくことになるんだよ」
シーンとなり、誰も言葉を発しませんでした。子どもも親御さんも、私も。何か言い返そうとか、同意しようとかせずに、ただただお母さんの言葉が胸に、心に入ってきた感じがしました。
自分の教員生活を振り返ると、たくさんの失敗をしました。保護者の方には、本当にたくさんのご迷惑をおかけしたと思います。しかし、そのたびに優しく、時には遠回しに教えていただきました。私は保護者の方々のおかげで、一人前の教師に育つことができたと思います。一方、自分が親になって子育てをしてみると、毎日が手探りで試行錯誤の連続だとわかりました。きっと先生と保護者は、「ともに学び、ともに育つ」のだと思います。
現在、自分を育ててくれた方々に恩返しの気持ちをもって、教師を目指す学生を支援する日々を送っています。「ともに学び、ともに育つ」を心掛けながら。