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育児ストレスの心理

投稿日:2023年04月20日

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 厚生労働省によりますと、2021年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待相談の件数は207,660件であり、過去最多となっています。虐待の内容で最も多いのが心理的虐待の124,724件(60.1%)、続いて身体的虐待49,241件(23.7%)、ネグレクト31,448件(15.1%)、性的虐待2,247件(1.1%)の順になっています。また、虐待者で最も多いのは実母(47.5%)でした。このような虐待には、母親の育児にかかわる心理的ストレス、つまり育児ストレスが大きく関与していることが指摘されています。心理的ストレスの認知的評価モデルによりますと、ストレスは他者からの支援、すなわちソーシャル・サポートなどの状況変数と効力期待や信念といった個人変数の影響を受けています。状況変数であるソーシャル・サポートと一般的なストレスとの関連については膨大な研究が行われてきましたが、残念なことに、育児ストレスに限ると、研究は極めて少ないのが現状です。2つ目の個人変数については、乳幼児期の母子関係に由来する対人関係のタイプ、愛着スタイルも重要と考えられますが、この問題についても、ソーシャル・サポート同様、育児ストレスとの関連を取り上げた研究はわずかです。
 そこで、筆者は幼稚園児の母親137名を対象として、愛着スタイルである安定型、回避型、両価型とソーシャル・サポートがそれぞれ育児ストレスに与える影響、及び両者の相互作用が育児ストレスに及ぼす影響を測定し、統計的な分析を行いました(塚本 2021)。その結果、安定型ではソーシャル・サポート期待の高さを媒介して育児ストレスが緩和されること、逆に、回避型はソーシャル・サポート期待の低さが育児ストレスを高めていること、他方、両価型は育児ストレスを強く感じるが、これにソーシャル・サポートは介在していないことが明らかになりました。
 以上の結果は、次のように理解できます。安定型の母親は、親密な他者に信頼感を抱き(Hazan & Shaver, 1987)、関係性を維持しようとする傾向がある(Shaver & Mikulincer, 2014)こと、ストレスフルな状況でも過剰に感情喚起することなく平静を保てる(Amir et.al., 1999)ことから、ストレス対処の源としてソーシャル・サポートの有効性を強く認識する結果、育児における過度なストレスが生じない。これに対して、回避型の母親は、他者との親密さに不快感を抱き、他者との距離を最大化して独立的に行動する(Shaver&Mikulincer,2014)ことから、ソーシャル・サポートを過少評価する結果、育児ストレスを増幅させる。他方、両価型の母親は、保護や支援を強く求める欲求とそれへの疑念が同居(Cassidy&Kobak,1988)することから、他者に対する態度が一貫せず、サポート期待との間に明確な連関が認められなかった。同時に、両価型はストレス状況の深刻さと脅威の存在を誇張し、ネガティブな感情状態を過大視する(Shaver&Mikulincer,2002)傾向があることから、育児ストレスを過剰に感じている、ということです。
 厚生労働省は、虐待の発生を予防するためには、相談体制の整備等子育て支援サービスの充実が重要としていますが、筆者の研究結果を勘案すると、支援の効果は母親の特性によって異なることから、愛着スタイルなど母親の特徴に応じた、個別的できめ細かな支援が必要だといえるでしょう。

塚本伸一(2021).ソーシャル・サポートと母親の愛着スタイルが育児ストレスに与える影響 応用心理学研究,46,247-256.

こども心理学部

塚本 伸一

塚本 伸一
(TSUKAMOTO Shinichi)

プロフィール
専門:発達心理学、教育心理学
略歴:立教大学文学部心理学科卒業、同大学院文学研究科心理学専攻博士課程後期課程修了。
立教大学助手、上越教育大学助教授、立教大学文学部教授、同現代心理学部教授を経て、2022年4月立教大学名誉教授。
この間、副総長、現代心理学部長、学校法人立教学院理事、放送大学、東京女子大学、千葉大学各講師(非常勤)を歴任。
2022年4月より東京未来大学教授、副学長。

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