都内とその周辺に住む私たちにとって電車は、日々の通学や通勤のために、まさに不可欠な公共交通機関です。電車が駅に近づいて来ると、例えば「間もなく3番線に快速東京行きがまいります」といったアナウンスが流れます。
ここでクイズです。JRの駅では、場所によってはこの直後に英語のアナウンスが続くことがありますが、その時「3番線」は何と表現されているでしょうか。今回のお話のきっかけは、研究推進のため久々に訪れたイギリスの駅で目にした案内表示です。
さて、答えは「トラック・ナンバー・スリー(track number three)」です。普通名詞trackには「鉄道線路、軌道」(研究社『新英和大辞典』)という意味があるので、駅での使用という文脈には、まさにぴったりの単語の選択といえます。しかしイギリスでは、残念ながらこの「トラック(track)」には、一度も出会うことがありませんでした。現地の駅では、もっぱら「プラットフォーム(platform)」が使われていました。
『オックスフォード英語辞典(Oxford English Dictionary)』によると、普通名詞platformは中世フランス語起源で「平らな形のもの」が原義とされています。第1要素platは英語のflatに似ているので、わかりやすいですね。旅客の列車への乗降を容易にするために、線路に沿って設置された細長い平面の島状構造物がplatformです。これをもとに、イギリスでは、日本で言う「2番線(track number two)」「3番線(track number three)」は、それぞれplatform 2, platform 3と呼ばれます(画像1, 2 参照)。日本では「列車が通る線」が、イギリスでは「乗降客が利用する平面」が呼び方の出発点になっているようです。
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実は、日本語の「(駅の)ホーム」は、上で述べたplatformに由来します。ただ「プラットフォーム」では長すぎるので「ホーム」となったようですが、「フォーム」ではない点、またマイク、テレビ、アポのように単語の前半部を切り取った「プラット」でもない点に、日本人のしなやかな語学的感性が読み取れるように思います。あくまでも個人的見解ですが、「(駅の)ホーム」にはhomeとの連想関係が介在しているのではないでしょうか。我々の生活の拠り所、すなわちhomeとなる「不動の大地」の縁に相当するからこそ「ホーム」と呼ぶ、という半ば遊びに近い妄想です。
「○番線」の使用が徹底する現在のJRの駅ですが、構内の案内表示などをよく観察すると、「乗降客が利用する平面(platform)」としての「ホーム(home)」は今も健在です。「ホームに傾斜があります」という注意書き(画像3参照)、エレベーターの階層の1つとしての「ホーム階」、エレベーター内の「○○方面ホームにまいります」というアナウンスや、「かいさつ」に対する「ホーム」という電光表示などがこれにあたります(画像4参照)。
ひとつ気になるのは、「ホーム階」に乗客を運ぶエレベーターの英語表記です。最寄りのJRの駅ではElevator to Trackになっています(画像5参照)。
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行き先は「列車が通る線」ではなく、「乗降客が利用する平面」なので、これまでのお話の流れからすれば、Elevator to Platformの方がよさそうです。しかし、心配は無用です。実は普通名詞trackには、《アメリカ用法》として「プラットホーム」の意味もあるのです(研究社『新英和大辞典』)。JRの駅での英語アナウンスは、そり舌の / r / が顕著なアメリカ英語っぽい響きで “track number three” を発音しているので、さすがに方言選択上の一貫性には、十分な配慮が行き届いているといえそうです。