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四国の「輝く水辺」

投稿日:2026年07月02日

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「輝く水辺 学びのふるさと」。東京未来大学校歌の冒頭部です。「輝く水辺」は本学校歌の曲名でもあります。

東京未来大学は、東京都東部を流れる荒川下流域の広大な空(天)と河川敷(地)に恵まれ、「学びのふるさと」と呼ぶにふさわしい豊穣の沖積平野にあります。最寄りの「堀切ほりきり」、付近の「牛田うしだ」「鐘ヶ淵かねがふち」「東向島ひがしむこうじま」「曳舟ひきふね」「浅草あさくさ」の各駅名は、東武スカイツリーラインが荒川と隅田川の「水辺」に沿う鉄道であることを連想させます。しかし、駅名や地名には当て字が少なくないので、厳密に由来を考える際には注意が必要です。土佐の高知は、その最たる例の一つです。(1)

関ヶ原の戦いのあと、土佐一国二十四万石の太守となった山内一豊は、国のほぼ中央で土佐湾につながる入江(浦戸湾)の奥にある小高い山に城を築き、領国経営の拠点としました。慶長八年(1603年)、一豊は本丸落成を機に入城。城は河中山城(こうちやまじょう)、城下町は河中(こうち)と呼ばれるようになりました。城山を含む城下は潮江川うしおえがわの三角州、現在の鏡川かがみがわと江ノ口川えのくちがわに挟まれた「河かわの内うち」に立地していたからです。南国土佐に「輝く水辺」の城と町が誕生しました。

「かわうち」から「こうち」への音変化は、段階的に次のように説明できます。

①かわうち [kaɰaut͡ɕi] 〜 かーうち [kaaut͡ɕi]:子音 [ɰ] が脱落する。
②かーうち [kaaut͡ɕi] 〜 かうち [kaut͡ɕi]:[aa] が短音化して [a] になる。
③かうち [kaut͡ɕi] 〜 こーち [koot͡ɕi]:[au] が平準化して [oo] になる。

①から③への変化の原動力は、常に発音のしやすさを追求しようとする私たち共通の意識です。特に③の段階は、「ア([a])」と「ウ([u])」の中間の「オ([o])」に落ち着くという点が重要です。これについては、以下の日本語の母音図をご覧ください。(2)

日本語の母音図

母音は、舌の位置(発音の際の舌の表面の最高点)が「前寄りか、後ろ寄りか」、「高いか、低いか」という2つの基準によって大まかに分類されます。「ア」は「やや後ろ寄りの前寄りで、低い」母音、「ウ」は「後ろ寄りで、高い」母音、そして「オ」は「後ろ寄りで、高くも低くもない」母音となり、「ア」と「ウ」の「中間」に舌の位置が来ることが分かります。この点は「河かわの中うち」という高知の立地と符合して面白いですね。

低い沖積平野につくられた「水辺」の城下町は、しばしば洪水に見舞われます。水害の頻発を連想させる「河中」を忌み嫌った二代藩主忠義は、智慧を司る仏とされる文殊菩薩にあやかって、これを「高智」に改めます。城も高智山城になりました。あとは、上で見た発音の簡易化(simplification)同様、表記の簡易化も生じ、現在の高知、高知城が定着します。

河中山城〜高智山城〜高知城

では、東京に戻りましょう。下の画像は、東京未来大学から徒歩30分程度(約2.2 km北西)の距離にある北千住駅の4番線ホームで撮影したものです。

北千住駅4番線ホーム

東武スカイツリーラインの区間急行浅草行き6両編成が停車しています。右の看板では、「これより先に」が “further down from” と英訳されているのが分かります。直訳するなら “further ahead of” でもよさそうですが、あえて “further down” としたところに、個人的には「川の流れ」を読み取ってしまいます。この背景には、線路が「流路」、電車が「流水」という認識(perception)があります。つまり、水源の東武動物公園駅から河口の浅草駅(川上〜川下)に流れる水のように電車が移動するという見方です。容赦のない人波に飲み込まれる慌ただしい駅の中に、悠然とした「輝く水辺」があると思うと、少し気分も変わります。皆さんはどのようにお感じでしょうか。

注:
(1) 高知の語源に関する記述は、すべて武藤致和、武藤平道 1815『南路志』による。
(2) 松坂ヒロシ 1986『英語音声学入門』(東京:研究社、p. 6、図6)をもとに作成。

こども心理学部

宅間 雅哉

宅間 雅哉
(TAKUMA Masaya)

プロフィール
専門:英語学(史的研究)、イギリスの地名研究
略歴:早稲田大学教育学部卒業
早稲田大学専攻科修了
国際基督教大学大学院教育学研究科博士前期課程修了
山梨英和大学教授(2012年3月まで)

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