このページの修正はsingle.phpで作業します

美的体験をもたらす暗示・イメージの力

投稿日:2026年06月12日

● 投稿内容に関連するキーワード

 先日学生と一緒に、汐留の広告美術館「アドミュージアム東京」を訪れました。江戸時代の看板から、「かむんとフニャンフニャン」の歌とダンスが懐かしい「Fits」ガムなどの参加型CMまで、多様な広告スタイルの流れをたどることができました。広告文案を作成し、商品の魅力や企業のメッセージを伝えるコピーライターの仕事にも触れることができました。
 学生の一押しは、ペンギンのイラストが添えられた文字が主役の新聞広告「プール冷えてます」(としまえん、1986)でした。シンプルでユーモアに富んだ表現が印象的です。チーフディレクターの宮崎晋は、同園の閉園時にも「Thanks」の言葉と、完全燃焼した「あしたのジョー」の姿を組み合わせた新聞広告を制作しています。私が強く心を動かされたのは「Hope」(赤十字国際委員会、2018)です。負傷した娘を父親が懸命に運んで病院へ向かうものの、その病院も焼け落ちていたという絶望の場面に、「No Doctors. No hope.」の文字が示されます(制作:スペイン Blur Films、Sra.Rushmore)。そして最後の展示では、現代社会の課題に取り組む広告コミュニケーション事例50点が紹介されていました。美術がさまざまな隔たりに対して、新たな視点や対話の契機を提供していることに改めて驚かされました。
 現在「教師のための芸術知 Artistic Understanding」を検討しています。ここではもう少し、哲学と実践の側面から美と美術について考えてみたいと思います。美学者の津上英輔は「美とは、私に快とかんじられる、もののよさである」と述べます。この「もの」は判定の対象であり、その美が対象の性質なのか、「私」の快と感じる主観的感情なのかについて、両者が一体となる特別な状況こそが美の特徴であると説きます。
 美術史研究者の金子一夫は、美を「直接的体験において成立する精神的価値」と示し、その美的価値は客観的推論ではなく直接的価値であり、現実的関心・欲求から離れて対象が仮象(イメージ)として把握されることを強調します。つまり、私たちが美を感じるとき、その混然とした美的感覚は、イメージという次元において捉えられているのです。
 さらに金子は、美術の発生について「内的イメージに沿った物の加工からではなく、物が暗示する力の発見から始まった」と述べます。光る石や特徴のある石を拾い集めたり、握った粘土や打製石器に触れたりする中で、それらがもつ力を現象させる線や図形、塊が生まれたというのです。こうした意識的表現には、「①力を暗示させる方向で洗練を重ねた場合」(文様・記号表現)と、「②事物を暗示する方向へ転換した場合」(事物の疑似的・再現的表現)が想定されます。この過程は、表現が常に素材そのものの性質や働きに導かれてきたことを示しています。 「力・イメージの発見 ⇒ 偶然的制作 ⇒ 意図的制作」という発生順序は、美の術が常に「もの」との関わりの中で成立してきたことを示唆しています。
 こうした美の成立が「もの」との関わりに根ざすという視点は、教育現場の実践にもそのまま当てはまります。 新任の先生が図画工作科の授業で、頭の中だけで設計図をイメージさせて材料を渡し、すぐ制作に入らせると、思ったようにできない場面にしばしば遭遇します。これは、素材や描画材に対する理解が机上の空論にとどまり、材料・用具のもつ力(特性やよさ、そして制限されるべきこと)が教師にも児童にも見えておらず、美的体験に至っていない状況です。この不足を補うのが教材研究であり、試行錯誤を前提とした手慣らしの時間です。用具の潜在的な力を感じ取り、ものづくりにおける現実とのギャップに橋をかける実践的な展開が可能になります。
 先に触れたように、イメージは美的な体験として解釈され、仮象と呼ばれます。皆さんが「イメージ」という言葉を使うとき、この仮の像は可視でしょうか。不可視の印象や心象、言葉の段階でしょうか。現実的でしょうか、非現実的でしょうか。美術のよさは、このイメージの幅広さにあります。ちなみに英語の “image” は主に具体的な像を指す用法が一般的です。教育現場でも「イメージ」という語が多義的に使われるため、イメージの異なる次元を、次のように整理してみました。
 「Ⅰ:内的な感情像」「Ⅱ:具体的な形姿を伴う可視像」「Ⅲ:要素をつなぎ変化する動的な像」です。Ⅰは観念的イメージ、Ⅱは視覚的イメージ、Ⅲは統合的イメージともいえます。
 私たちの日々の生活の中には、笑ったり、泣いたり、元気をもらったり、驚いたりと、感情の中に多くの美的体験があります。さまざまな環境の中で、今一度「もののもつ力」や「イメージの力」を捉え直すことは、自身の考えの拡張と喜びをもたらしてくれるでしょう。

図1:としまえん広告(筆者撮影)
図2:朝日広告賞資料より
図3:「Hope」提示資料より(筆者撮影)

参考文献 
The Ad Museum Tokyo 2025『More than just Ads ニッポンの広告史』吉田秀雄記念事業財団
津上英輔 2023 『美学の練習』 春秋社
金子一夫 1998 『美術科教育の方法論と歴史』

こども心理学部

髙橋 文子

髙橋 文子
(TAKAHASHI Fumiko)

プロフィール
専門:美術教育
略歴:千葉大学教育学部小学校教員養成課程卒業、
茨城大学大学院教育学研究科教科教育専攻美術教育専修修了
茨城県内の公立小中学校、茨城大学教育学部附属中学校教諭を経て現職。

PageTop