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レバノン パレスチナ難民キャンプでの学習支援から学んだこと

投稿日:2023年10月19日

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 私が心理師として最も「遠く」で行った実践は、中東のレバノンにおいて行ったパレスチナ難民を対象とした学習支援事業へのコンサルテーションです(大橋・中村・箕口,2009)。 
 1948年のイスラエル建国宣言による第一次中東戦争が起こり、パレスチナに住む人びとは周辺国へ逃れ、それを「ナクバ(破局)」と呼んでいます。それから70年以上経ち、レバノンのパレスチナ難民は、いくつかの難民キャンプに分散して、3世代以上にわたり難民生活を続けています。 
 私は、2009年にNGO「パレスチナ子どものキャンペーン」から招聘され、レバノンで子どもたちの学習支援を行っているNPOに対する支援として、子どもたちがよりよく学習が出来るように、支援者に対するコンサルテーションと研修を行いました。 
 というのも、国連による行動チェックリストを用いた調査の中で、子どもたちの多くが落ち着きなく、学習に取り組むことが難しい状況に置かれているという報告があり、より専門的に支援に取り組む必要があったからです。このときの調査の結果は、1/5の子どもたちが落ち着きなく多動であるというもので、考えられないほど高率でした。これは難民の生活が影響しているのか、子どもたちの支援が十分でないからなのかいくつもの要因を検討しました。 
 研修では、さまざまな難民キャンプから子どもたちへ支援を行っている若者が集まり、講義やグループワークを各地で行いました。この支援者たちは、子どもたちが学校の無い時間に補習教室を地域で行っていました。そして、この「支援者」も、パレスチナ難民の若者が担っていました。これは、レバノンにおいて限られた職業にしか就くことが出来ない若者への就労支援としての役割も持っているからです。彼らは専門的な訓練を受けていないとはいえ、多くの若者はとても情熱を持って子どもたちに向き合っており、子どもたちの関係も非常に良好でした。(一方で、国連が行っている正規の学校では、鞭を使った体罰などもあったと耳にしました) 
 子どもたちは、限られたスペースの教室で、英語や算数などの補習授業を受けていました。多くの教室には、子ども用の机や椅子もなく、小さな子どもたちの多くは「立ったまま」で、ノートを埋めていたのです。そこで私は、はたと気づきました。欧米の教室環境をもとにした行動チェックリストでは、落ち着きがない行動を「席に座っていない」と評価していたのです。しかし、ここでは落ち着きがないから座っていない「子どもの要因」ではなく、そもそも「席に座って」授業を受けることが難しい大人用の設備という「環境の要因」がその原因だったのです。 
 私たちは行動の原因を、一義的にその個人の内的な特性や心性に求めてしまいがちです。特に、「問題行動」は、相互作用によって生じていることが多く、その個人が「そうせざるを得ない理由」やこれまでの歴史のもつ環境要因としての背景にも目を向ける必要があるでしょう。 
 研修の後、ソーシャルワーカーの女性から質問をされました。 
 「ここには大変な思いをしている子どもたちがいますが、日本にもヒキコモリとよばれる人たちが増えていると聞きました。彼らはどんなことに困っているのでしょうか」 
 私はここに来るまで、この難民キャンプで過ごす人々のことを、なに一つ自分のこととして考えたことが無かったのに、ここには日本で困っている人のことまで考える気持ちを持った人たちがいるなんて… 
 長い歴史と複雑な背景を持つからこそ、困難な状況は簡単に解決することが難しいかも知れません。しかし、このひとときでも、困難な時を過ごしている誰かのことに思いを馳せ、何か出来ることはないかと思うのです。 

こども心理学部

大橋 智

大橋 智
(OHASHI Tomo)

プロフィール
専門:応用行動分析、臨床心理学的地域援助
略歴:明星大学大学院人文学研究科心理学専攻(臨床心理学コース)博士前期課程修了。
立教大学現代心理学部心理学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
教育相談室にて教育相談員を経て、明星大学心理学部実習指導員、非常勤講師、2018年4月に本学講師。
埼玉県の特別支援教育にかかわる巡回相談や幼稚園、保育園における巡回相談に従事。
臨床心理師、公認心理師。

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