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「よしながふみ」先生

投稿日:2024年03月14日

 漫画家のよしながふみ先生は2009年度にジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞(現在のアザーワイズ賞)を日本人として初めて受賞しています。ちなみに、これってとてもすごいことです。そこで、QUIZです。これは何の賞でしょうか?
 答えはSFに送られるアメリカの文学賞です。「あ、しょう」(芥川賞を受賞したときの慶應義塾大学教授:荻野アンナ先生のコメント)。次に進んでまたQUIZです。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアとはどのような人でしょうか?「あ、SF作家でしょう」。ええ、そうなのですが、もう少し詳しく想像しましょうか?「あ、『ジェイムズ』だから男性でしょう。小難しいことを語りそうな感じでしょう…」となることでしょう。
 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア。確かにSF作家です。しかも、ハードボイルドでパンクなSF作品を生み出しました。ヒューゴ―賞、ネビュラ賞、ローカス賞と名だたるSF文学賞を総なめにしています。幼少期は、法律家の父と作家の母と共に世界中を旅してまわりました。アフリカで野性のゴリラを目撃した最初の西洋の子どもとも言われています。実験心理学の博士号を取得し、CIAで暗号解析に携わっていたこともありました。ますます「男性のハードボイルドなSF作家」というイメージが出来上がっていきます。
 しかし、私たちには思い込み(バイアス)があります。「SF作家は男性だ」などというもので、性別だけでなく名前などに対する思い込みもあります。実は、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアはペンネームで、本名は「アリス」・ヘイスティングス・ブラッドリーです。すると「あ、女性でしょう」となります。
 アリスは1980年代から2000年代初めまでジェイムズを名乗っていました。なぜなら、「SFは男性のもの」という思い込みが社会では強く、SF作家として女性であることがハンディキャップとなったからです。そうしたジェンダーに対する想いが、作品にも色濃く現れています。女性だけの社会を描いた『ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?』、地球の男性を見限り未確認飛行物体(UFO)に自ら乗り込む母娘を描いた『男たちの知らない女』、「頭脳」だけを必要とされた醜い女性が絶世の美女の肉体と電極で繋がりインフルエンサーとなる『接続された女』などです。あまりにもハードボイルドな作風のために、当時はSF作家やSFファンの間でも「誰よりも男らしいSF作家」と評されました。そう言われれば言われるほどに、アリスは「男性社会」に絶望していったのかもしれません。

 話は変わりまして、京都大学名誉教授の生涯発達心理学者の「やまだようこ」先生。やまだようこ先生は職業名を平仮名にしています。人は、名前に「子」が付けば女性と思い込みます。あるいは、もし「山田」ならば、それが漢字の凄さでもありますが、「Mountain・Field」をイメージします。名前ないし文字が意味を一義的に決めつけてしまうことの恐ろしさがあるかもしれません。やまだようこ先生はそうした思い込みやイメージを、いったんフラットなものにしたくて「やまだようこ」と名乗っているのではないでしょうか。
 さて、よしながふみ先生。『大奥』も『きのう何食べた?』もドラマ化・映画化されて大人気です。それらの作品にはジェンダー的な鋭いまなざしが入っており、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞の受賞も納得です。『大奥』は単なる「男女の入れ替えばや物語」ではありません。男性と女性の役割が入れ替われば、生活が変わり、政治が変わり、社会が変わり、歴史が変わるという壮大なSFです。よしながふみ先生は慶應義塾大学大学院法学研究科に進んでいるので、その作品には政治や社会の視点が必ずあるように思います。

 最後のQUIZです。よしながふみ先生が平仮名で自らを名乗るのはなぜでしょうか?ここまで読んでくださった皆さんにはお分かりになるはずです。それに、皆さんも(恐らく特に思春期に)自分の名前を平仮名で現したことはありませんか?きっと、「誰かの息子・娘(夫・妻・父・母)である」という得体の知れないイメージから距離を取りたいと思ったのかもしれませんね。「男性とか女性とか、子どもとか大人とか、勉強ができるとかできないとか、『それ(名前)』についてまわるイメージなんてわたしは知りません。わたしはただ『わたし』です」と。

補足)このエッセイに登場した人物にはすべて「先生」や「様」を付けたい気持ちがあるのですが、「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア」と呼び捨てにしてしまいました…。文章の中では「マイケル・ジャクソン様」とか「テイラー・スイフト先生」とはあまり呼ばないですものね。時が経ち、もう少し言葉遣いが変わっていくのを待ちます。今回はジェイムズ・ティプトリー・ジュニア先生、ごめんなさい。

こども心理学部

須田 誠

須田 誠
(SUDA Makoto)

プロフィール
専門:臨床心理学・コミュニティ心理学
略歴:慶應義塾大学文学部心理学専攻 卒業
慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程 単位取得退学
慶應義塾大学医学部 非常勤講師
埼玉県警察本部少年サポートセンター 資質鑑別専門員
深谷メンタルクリニック 心理士
公認心理師・臨床心理
研究者紹介【Humans】:https://humans.tokyomirai.ac.jp/post-1059/

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