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物語のなかの食べ物

投稿日:2026年03月25日

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 物語のなかには、おいしそうな食べ物がたくさん登場します。今年の4年生でジブリ映画に登場する食べ物に焦点を当てて卒論を書いた学生がいましたが、絵本でも『ぐりとぐら』の黄色いふんわりとしたカステラをはじめ、『はらぺこあおむし』のチョコレートケーキやアイスクリーム、『しろくまちゃんのほっとけーき』のホットケーキなど、枚挙にいとまがありません。しかも、どれもおいしそう…。食べ物が登場する作品が子どもたちに人気があるのも納得です。しかし、物語に描かれた食べ物は単に魅力的なだけでなく、そこには「食」をめぐる社会的・文化的な背景や、しつけや教育観、子ども観、人間関係など、「食」を通してしか伝えられないものが存在しています。たとえば「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家。お菓子でできた家なんて、聞いただけでもうっとりしますが、その夢のような食べ物の背景には、毎日のパンどころか何も食べるものがなく、口減らしのために子どもを捨てざるを得ないような追い詰められた状況があります。実際に17、18世紀に入ってからも、ヨーロッパはたびたび深刻な飢饉に見舞われ、何百万人もの命が失われています。
 さて、森に置き去りにされたヘンゼルとグレーテルは、3日間森をさまよい歩き、「お菓子の家」を見つけますが、実はグリム童話のなかでは「お菓子」ではなく「パン」で作られた家として登場します。「家ごとパンでできていて、やねは、ケーキでふかれています。そして、窓は、白いさとうでできていました」(小澤俊夫訳『完訳グリム童話』)。家全体はブロート(Brot)、屋根がクーヘン(Kuchen)、窓が砂糖(Zucker)なのです。クーヘンというのは、日本ではバウム・クーヘン(Baumkuchen)が有名ですが、焼き菓子やクッキーなどをさします。この「パンの家」が「お菓子の家」として広まったのは、華やかに演出されたエンゲルベルト・フンパーディンク作曲のオペラ「ヘンゼルとグレーテル」(1893年)の影響が大きかったようです。ただパンにしてもケーキにしても、当時は非常に貴重な食べ物。特に、卵やバター、砂糖、香辛料等をいれて焼いたケーキは、日常的には口にできないような特別な食べ物だったのです。だからこそ、魔女が子どもたちをおびき寄せるための罠としては、これ以上のものはなかったでしょう。ヘンゼルとグレーテルがおなかをすかせていなかったとしても、この家の魅力には抗えなかったと思います。
 お菓子の家は、子どもたちをおびき寄せるための罠でしたが、何も食べ物がないときに、空っぽのお鍋からおいしいおかゆがぐつぐつと溢れでてきたら、どんなにありがたいことでしょう。食べ物が優しさや正直さの報酬として描かれているのはチェコの昔話「小なべや、おかゆを煮ておくれ」(グリム童話では「おいしいおかゆ」)です。優しい娘は森でおなかをすかせたおばあさんに、自分のもっていたわずかなパンをすべてあげ、そのお礼にこの不思議な鍋をもらうのです。これでもう二度と飢えることはありません。正直者や心の優しい者に、大きな幸運がもたらされるのは、昔話が長く長く語り継いできた価値観ですね。また、食べ物をわかちあう喜びを伝えてくれるのは、石から栄養満点のスープができる「石のスープ」です。ポルトガルをはじめ、ヨーロッパ各地にみられる昔話です。一人の旅人がおなかをすかせて村にたどりつきますが、誰も食べ物をわけてくれません。そこで石でスープを作るから鍋を貸してほしいと頼みます。石でスープができるなんて!?と、村人たちはみな興味津々。男は鍋に石をいれて茹で始めます。しばらくして、塩をいれるともっと美味しくなるといって塩をもってこさせ、さらに野菜、肉と、男の言葉に応じて、村人たちは次々と食材をもってきてはスープに加えていきます。そして出来上がった石のスープは、具沢山でこれまで村人たちが食べたことがないような美味しいスープでした。そして、みんなで食べることの楽しさといったら! 最初は食べ物を隠し合っていた村人たちが、共に食材を出し合い大きな鍋を囲むことで、一人では味わえない美味しさと幸福感を知るのです。まさに「うばい合えば足りぬ わけ合えば余る」です。食べ物が登場する物語は、ほかにもたくさんあります。ぜひ、探してみてください。

こども心理学部

佐々木 由美子

佐々木 由美子
(SASAKI Yumiko)

プロフィール
専門:幼児教育、児童文学・文化
略歴:大学卒業後、山梨英和幼稚園教諭を経て大学院に進学
白百合女子大学大学院児童文学専攻修士課程修了、博士課程満期退学
東洋英和女学院大学大学院人間科学部幼児教育専攻修士課程修了
鶴川女子短期大学専任講師、准教授を経て現職

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