
ターナーの風景画を初めて見たとき、私は「なんて美しい空だろう」と思いました。夕暮れとも朝焼けともつかない、金色や灰色が溶け合った幻想的な空です。ただ同時に、これはこの画家ならではの表現なのだろうとも感じていました。
ところが実際にイギリスで暮らしてみて、その印象は変わりました。ターナーの絵は誇張ではありませんでした。曇り空の切れ間から差し込む光や、長く続く夕暮れの色は、本当にあのような色をしていたのです。

イギリスと日本で何が違うのか、とよく聞かれます。おそらく、イギリス人の気質や価値観、食事などを期待しているのかなと思います。でも、イギリス人と日本人の気質の違いは、あまり感じませんでした。同居人がいずれも自分より年上だったこともあるでしょうし、滞在した大学が非常に国際色豊かだったため、「イギリス人」よりも「イギリスに住む外国人」と接する機会の方が多かったからかもしれません。
そんな中で、私が真っ先に思い浮かぶのは、「水」です。
イギリス南部の水は硬水です。私は「ミネラルが多い水」という程度の知識しか持たずに渡英しました。しかし実際に生活してみると、水との付き合い方そのものが日本と違うことに驚きました。
シャワーを浴びた後、そのままにしておくと浴室に白い跡が残ります。シンクや蛇口も同じです。そのため、多くの家庭では使ったら即座に水気をしっかり拭き取ります。日本では、水は汚れを洗い流し、清潔にしてくれる便利な存在です。でも、イギリスでは、使った後に少し気を遣わなければならない存在でもあります。キノコも水で洗わず、汚れを拭き取ることが勧められています。
気候もまた印象的でした。日本では、8月末といえば、ようやく夜が過ごしやすくなり、秋の気配が混じり始める頃です。しかしイギリスでは、その頃にはすでに夏が終わろうとしています。夏らしい日々は驚くほど短く、だからこそ人々は貴重な晴天を逃すまいと公園に繰り出し、庭で食事をし、休暇を楽しみます。「夏を満喫しなければ」という感覚は、単なる国民性ではなく、この気候から生まれたものなのかもしれません。(ちなみに冬は雨がちです)
心理学には、「環境が人に影響を与える」という考え方があります。私たちは、自分の考え方や価値観を自分自身の性格によるものだと思いがちですが、実際には日々接している環境からも大きな影響を受けています。
私はこの一年、研究者としてだけではなく、一人の生活者として「環境が人を作る」ことを実感しました。
毎日触れる水が違う。見上げる空の色が違う。季節の長さが違う。
そうした違いは、私たちが思っている以上に、人々の暮らし方や価値観を形作っているのでしょう。イギリスの空が本当にあの色だったように、環境は私たちの見方や感じ方にも静かに影響しているのかもしれません。

