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春の光に気分を操られる?

投稿日:2025年03月06日

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2月も終わりに近づくと、まだ空気は冷たいけれど、日差しの強さを感じるようになりますね。この時期になると、なんとなく心が軽くなり、新しいことを始めたくなる……そんな気持ちになったことはありませんか? もしかしたら、それは「春の光」に操られているのかもしれません。

私たちは、自分の気分や判断を理性的にコントロールしていると思いがちですが、実はそうでもありません。環境のちょっとした変化や、無意識のうちに感じる身体的な感覚が、私たちの思考や行動に影響を与えているのです。このような現象は「身体化された認知」と呼ばれ、心理学でもとても興味深いテーマとされています。

たとえば、「明るさ」が私たちの気分や判断に影響を与えることは、昔から知られています。日本語でも「明るい未来」「闇に包まれる」といった表現があるように、光にはポジティブなイメージが、闇にはネガティブなイメージがつきまといます。光にポジティブな意味を持たせるのは、昔から共通する考え方のようです。たとえば、旧約聖書にも「光の息子と闇の息子の戦い」という表現があり、光=希望、闇=不安というイメージは長い歴史の中で受け継がれてきました。
では、これは単なる言葉の比喩にすぎないのでしょうか? 実は、心理学の研究でも、明るさが気分や行動に影響を与えることが確かめられています。たとえば、天気の良い日は、曇りや雨の日に比べて、人々の幸福感や人生満足度が高くなるという研究があります。また、秋から冬にかけて日照時間が短くなると、うつ症状が増えることも報告されています。逆に、明るい光を浴びると、人は社交的になり、道徳的な判断が厳しくなるという実験結果もあるのです。
光だけでなく、色や温度、質感なども、私たちの判断に影響を与えます。たとえば、スポーツでは、赤いユニフォームを着ているチームの方が青いユニフォームのチームよりも攻撃的なプレーをしやすい、という研究があります。また、教育関係では、赤いインクで書かれたコメントが生徒を萎縮させ、成績を下げる可能性が指摘されています。試験問題の表紙の色やインクの色を赤・緑・モノクロの3種類で用意して比べた研究では、赤を使ったグループが最も成績が低くなることがわかりました。赤という色が、無意識のうちに「警戒すべき色」として認識され、失敗への恐怖心を強めてしまうのかもしれません。

では、私たちはこうした環境の影響を受け続けるしかないのでしょうか? 実は、無意識の影響は当人が自覚すると薄れることがわかっています。例えば、天気と気分の関係を調べた研究で、晴れの日の方が幸福感が高いという傾向が見られましたが、調査の冒頭で「今日はいい天気ですね」などの台詞を入れると、その影響は消えました。「あ、自分は天気の影響を受けているんだ」と気づくだけで、無意識の影響が和らぐのです。

私たちは、自分では気づかないうちに環境の影響を受けています。でも、それをうまく利用すれば、気分を前向きにすることもできるのです。
もし気分が落ち込んでいると感じたら、まずは温かいコーヒーを片手に窓際に座って、柔らかな光を浴びてみましょう。こうした日常の小さな習慣を取り入れることで、無意識の力を味方につけられるかもしれません。気分が落ち込む日があったら、まずは光を浴びて、ほっとひと息ついてみてください。

参考文献:「赤を身につけるとなぜもてるのか」タルマ・ローベル 文藝春秋

こども心理学部

大橋 恵

大橋 恵
(OHASHI Megumi)

プロフィール
専門:社会心理学、文化心理学
略歴:東京大学文学部社会心理学科卒業
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了
放送大学、東京学芸大学、跡見学園女子大学、東京女子大学等にて非常勤講師
早稲田大学創造理工学部にて非常勤講師

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