心理学というと「こころ」という目に見えないものに目が向きがちですが、心理学を理解するためには、心と「からだ」がとても密接な関係があるということを知っておく必要があります。
心理的なストレスや感情的な状態が身体的な反応を引き起こすことがよくあります。このような反応には、自律神経系が関与しています。自律神経系は、交感神経系と副交感神経系の2つから成り立っていて、「からだ」の様々な機能を調節しています。
たとえば、森などでクマにであったとしたらどうでしょう?人は、交感神経の活動を活発化させて、心臓をバクバクさせて、身体を興奮させ、ストレスホルモンを出して、森で出会ったクマに何とかして対処しようと「からだ」が自然に反応するのです。この反応は、クマと戦うとか、クマから逃げやすい動ける状態にするように「からだ」が自然に反応しているということになります。
一方、副交感神経系(主に迷走神経)は、一般的には、クマから逃げ切った後、身体をリラックスさせ、回復させる働きを持っています。ただし、副交感神経系の一部には、もし、戦うことも逃げることも出来ないような極度な脅威にさらされた場合には、「からだ」は動かず凍ったような状態のようにさせる神経系も存在しています。
つまり、ストレス状況で人は「戦うか、逃げるか」(闘争・逃走反応)という反応を「からだ」でしているのです。しかし、現代の社会では、あまりクマに遭遇することもなく、そうした反応は、戦うことも逃げることも出来ず、トラウマとして「からだ」に記憶されます。
しかし、「戦うか、逃げるか」(闘争・逃走反応)という反応も充分にできずに、死にそうな経験をした場合―つまり交通事故とか、犯罪被害などのように死にかけた経験―は、その経験がトラウマとなり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)となることがあります。PTSDになると、過去のトラウマ的な経験に対する脳の反応が不適切になり、その体験を常に再現し、ストレスや不安を引き起こすようになります。そのため、PTSDになった場合、日常の生活でも問題が生じることがあるのです。
このPTSDを治療する方法は、昔から様々な治療方法が考えられて来ました。中でも、比較的新しい方法として、身体からアプローチする心理療法(身体志向心理療法)があります。従来の方法は、カウンセリングなど、話を聞く、考え方を変えるなど言葉から心理療法を行うのに対して、この身体志向心理療法は「からだ」から治療をしていくのです。
このような心理療法の発想には、ピーター・ラヴィーンという心理学者の気がついたことも大きく影響しています。それは、「野性動物はPTSDにならない」ということでした。シカやウサギなどの野生動物は、日常的に捕食動物からの攻撃にさらされているのに、何のトラウマも受けていないということです。また、もう一つの気がつきは、「様々なトラウマがあっても、トラウマの症状はほぼ同じで似通っている」ということでした。そこから、トラウマの問題は、個々のエピソードというよりは神経システム、つまり「からだ」の問題ではないかと考えたのでした。
野性の動物は、死にそうになるような極度のトラウマの経験をしたとき、そのトラウマのエネルギーを神経系から解放させます。具体的には、からだをブルブルと震わせ、深い呼吸をして、神経系のエネルギーを解放させているのです。人間では野性動物のような解放が自然には起こりにくいためにPTSDに罹患すると考えたのでした。
このような視点でみていくと心と「からだ」は密接に関係していることがよくわかります。また、心理学を学ぶにあたって「からだ」のことを理解することも重要になってくるのです。
文献: 藤本昌樹(2018)「心の傷を消す音楽CDブック」マキノ出版.