
私は、このブログの順番が回ってくるたびに、書こうかどうしようか迷ってやめた内容があります。やめた回数はここ最近の2回から3回くらい、期間にすると2年から4年間迷ってはやめ、迷ってはやめ…していたようです。
さて、本題の迷っていた内容と理由ですが、
内容は、「私、朝の散歩を習慣にしています!」で、
理由は、「本当に習慣になったと公言してしまって大丈夫、私?」です。
なぜなら、今まで「運動しよう!」と決意して、歩いたり、腹筋を始めたりしたものの、「3日坊主」で終わったことも多々あったからです。私が、「言った後でやめてしまうのでは?」と迷っていたのも無理もないでしょう。
ところが今回は、迷いに迷っている間に、散歩を始めた2020年の春から、ちょうど6年が経っていました。
2020年の春、それは、新型コロナウィルス感染症が広がり始め、大学も「4月に(対面)授業が始められない。」という、経験したことのない状況になった頃です。
いわゆる「ステイホーム」での「リモートワーク」で、通勤や他者との接触も難しかったこの時期に、「散歩でも行ってみようかな」という思いで始めた朝の散歩でした。
それから6年を経た2026年の今は、コロナ禍前と同じように通勤して他者とも接触できる生活になりましたが、朝の散歩は続いています。
「ふわっと始めた散歩」が続いた?
今回、これを書いている時期が散歩を始めた時期と重なり、キリがよかったので、迷いを振り切って思い返してみました。
そうしてみると、私が「やめてしまうかもしれない」と迷っていた理由は、「“運動しよう!”という意志を持って始めても続かなかった(何度も!)ものが、“散歩でも行ってみようかな”という、何というのでしょうか、最近のよく耳にする“ふわっとした”気持ちで始めたものが続くってあるのかしら?」ということだったように思います。
その一方で、確かに何かが変わるきっかけは、「意志」の力ではなく、思いがけない、ちょっとしたものであることも多いよね、とも思います。
私は臨床心理学が専門であり、その実践として、悩み(心理的問題)を抱えた方々へのカウンセリング(心理学的支援)を行っています。私たち人間が抱える悩みのひとつとして、「やりたい、やろうと思うけれどできない」、「やめたいと思うのにやめられない」といったものがあげられます。このような悩みは、カウンセリングに来談する人でなくとも、誰もが経験したことがあるものでしょう。このような悩みそのものが、私たち人間が「やりたい」「やめたい」という意志だけで動いているわけではないことを表すのでしょう。
その反対に、思いがけない小さなきっかけで始まり、長い時間をかけて動いていく、変わっていくということもまた多いということを経験しています。
きっかけと継続の理由は同じではない?
ただ、今では日常生活の中でもじゅうぶんに外の空気を吸えるようになったにもかかわらず散歩が続いているのは、「きっかけ」とは別の力(要因)が働いているのだろうとも思います。その理由や、散歩がもたらした変化については、また別の機会に考えてみたいと思います。
効果については少しだけ。成長期をかなり、だいぶ、大幅に過ぎた私ですが、身長が4ミリ伸びました!(実際は、伸びたというより、姿勢がよくなったり背中のコリがほぐれたりして骨が元の位置に戻った、ということのようです。)
それから、私があれこれ迷っている間に、散歩の速度が増し、ウォーキングから軽いジョギング程度になっていました。

