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世界を理解するしくみ-知識の役割-

投稿日:2022年06月30日

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 ある夜,リビングでくつろいでいると,高校生になった娘がやってきました。手にしていた資料集には,2021年度GDPランキング表と1500年頃のGDP規模分布図,また,各国の工業生産額の推移を示したグラフがありました。
 「この資料から何が読み取れるかという課題なんだけれども」と娘が話し始めます。「2021年度GDPはどの国が高いかということや,1500年頃はどこかということ,それから,比較すると,GDPの高い国が変化したことがわかるよね。1500年と2021年の間で各国の工業生産額がどう推移していったか,どの国がいつ頃高くていつ頃下がっていったか,またその逆にどの国の工業生産額がいつ頃上がっていったか……といったこともわかる。読み取れることっていうのはここまで?」。「というと?」と私が先を促すと,「うーん,たとえば,イギリスの工業生産額が増えた背景には産業革命があるだろうなと思うわけなんだけれど,それは資料から読み取れることではないのかなって思って」とたずねてきました。  
 「なるほど。資料から『直接』読み取れることというのは,GDPや工業生産額は何年にどの国が高いとか,どう推移したかということだと思うよ。でも,産業革命という知識があるから,この資料から読み取れることが豊富になる,この資料に解釈を加えられるというのはとてもおもしろいことだと思う」

 私たち「人」は,「目」や「耳」という感覚器を使って情報を取り入れています。しかし,取り入れた情報は,誰にとっても同じかというとそうではありません。「カメラ」や「ICレコーダー」と違って,私たちは情報を「解釈」して取り入れているからです。ためしに,以下の文章を読んでください。

 その手順は,実際,とても簡単である。まず,物をいくつかのグループに分ける。もちろん,量によっては,一まとまりでも十分である。設備がない場合には,次のステップとしてどこかよそへ行かなければならない。そうでなければ準備は整ったことになる。大切なことは,一度にあまり多くやり過ぎないことである。一度に多くやり過ぎるよりは,少ない方がよい。短期的に見れば,このことはあまり重要ではないように見えるかもしれない。しかし,多くやり過ぎるとすぐに面倒なことになるのである。また,この間違いは高くつくこともあるのだ。最初,全手順は複雑に見えるかもしれない。しかし,すぐにそれは生活の一部となるだろう。近い将来,この仕事がなくなるという見通しを立てることは難しい。それは誰にもわからない。手順が完了した後,物は再びいくつかのグループに分けられる。それから,どこか適当な場所にしまわれる。いずれそれらはもう一度使用され,再びこのサイクルが繰り返されることになる。しかし,これは生活の一部なのである。(Bransford & Johnson, 1972より作成)

 何について書かれているか,わかりましたか? 平易な日本語で書かれているのに,よくわからないと感じた方が多いのではないでしょうか。
 では,これに「洗濯」というタイトルが与えられたらどうでしょう。とたんに文章の意味がわかり,読みやすくなるでしょう。タイトルによって,それに関連する「知識」が呼び起こされ,「知識」を用いて文章を「解釈」したことが実感できると思います。

 娘との会話はその後,リビングにいた夫や中学生の息子も含めて盛り上がりました。「中国の歴史から考えれば中国の変化は説明できる」と歴史学習中の息子が言い出せば,「最近の各国の経済状況は~ということで理解できるよね」と夫。社会科が苦手な私は,家族の会話前後ですっかり資料の見え方が変わりました。

 皆さんも,ぜひたくさんの経験をし,たくさんの学習をして,良質の知識を蓄えてください。それによってきっと,皆さんの目に映る世界はより豊かなものになると思います。

Bransford, J. D., & Johnson, M. K. (1972). Contextual prerequisites for understanding: Some investigations of comprehension and recall. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 11, 717-726.

モチベーション行動科学部

小林 寛子

小林 寛子
(KOBAYASHI Hiroko)

プロフィール
専門:教育心理学、認知心理学
略歴:2010年 東京大学大学院教育学研究科博士課程単位修得満期退学(2013年に学位取得)
2010年 日本学術振興会特別研究員PD
2012年 東京未来大学モチベーション行動科学部助教
2015年 東京未来大学モチベーション行動科学部講師
2018年 東京未来大学モチベーション行動科学部准教授(現在に至る)

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