今年の夏、比叡山延暦寺を訪れました。その目的は一つ。1200年間以上、絶えることなく燃え続けている「不滅の法灯」を、自分の目で確かめるためです。その日の体験を綴ります。
比叡山は、古代より神山として崇められており、伝教大師最澄が788年に延暦寺を創建しました。以来、多くの名僧がそこで修行をして宗祖となり、比叡山は「日本仏教の母山」と呼ばれるようになりました(1994年に世界文化遺産に登録)。延暦寺の総本堂である根本中堂には、本尊薬師如来像が祀られており、その前に「不滅の法灯」が安置されています。(出所:『延暦寺三塔巡拝マップ』一般社団法人比叡山・びわ湖DMO)
根本中堂は平成28年度から10年間をかけての大改修を行っており、外観を見ることはできませんが、本堂内は拝観することができました。薄暗い本堂に入ると、3つの黄金色の六角形の灯籠がありました。拝観者は私の他に数名、厳かな雰囲気の中で、真夏の暑さをすっかり忘れて灯籠を見つめ、1200年という途轍もないスケールの大きさに感じ入りました。灯は燃料である菜種油が切れたら消えてしまいます。灯を守るために、油が切れないように注ぎ足し、灯芯が燃え尽きる前に新しい芯に替えるという、決してミス(油断)は許されないシンプルな作業が繰り返される必要があります。この仕事に従事してきた人々に思いを馳せると、「仕事自体が面白いから、楽しいから夢中になって取り組む(内発的モチベーション)」、あるいは「賞賛や金銭などの報酬を得るために行う(外発的モチベーション)」というわけではないと感じました。「使命感」や「世のため人のため(社会貢献意識)」といった気構えがあるように思われました。
ワーク・モチベーション(働く意欲)は、働く人の欲求・価値観・感情等の内面的なものだけでなく、人間関係・組織の制度や風土・社会情勢等の外的環境との相互作用によって活性化します。次第に私は、法灯を絶やさない環境、仕組みやルールはあるのか、とりわけ、どのように役割が分担されているのかが気になってきました。なぜなら、「個人の役割が明確でない場合、責任の所在が曖昧になり、当事者意識が薄れることによって、モチベーションや生産性が低下する」という考えがあるからです(「社会的手抜き」という概念で説明されます)。幸いなことに、御朱印を授かる場所に僧侶がいらっしゃったので、思い切って尋ねたところ、丁寧に教えてくださいました。曰く、「法灯の油の確認は、本堂を閉める際と開ける際の1日最低2回は必ず行うが、時間や回数は特に決まっていない。本堂には3人の僧侶がおり、それぞれがお互いに配慮しながら、気がついた者が、気がついた時に行う」とのこと。驚いたことに「当番は、なかった」のです。組織のルールや役割とは別次元の「周りの人を思う気持ち」、すなわち「他者志向的動機」が重要だということでしょうか。「他者志向的動機」とは、「自己決定的でありながら、同時に人の願いや期待に応えることを自分に課して努力を続ける意欲の姿(真島,1995)」と定義され、単に「自分自身のため」という理由の下で努力する自己志向的動機と対置される概念です(伊藤,2012)。
帰りの道すがら、バスに揺られて僧侶のおことばを思い出しているとき、突然、ゼミ生のことばが蘇りました。専門演習では、「当番制」で、組織行動に関する文献を要約し、レジュメをつくり発表します。誰もが休まず、自分の担当分を、他のメンバーが理解できるように工夫して発表するので、「なぜ、こんなに頑張って準備してくるの?!」と尋ねたことがあります。ゼミ生たちは口々に「自分のためだったらサボったかもしれないけど、皆のためだから頑張りました!」と、爽やかに答えました。2つの思い出が重なって、あたたかい気持ちで下山しました。
–
引用文献:
伊藤 忠弘(2012).努力は人のためならず‐他者志向的動機 鹿毛雅治(編)モチベーションを学ぶ12の理論‐ゼロからわかる「やる気の心理学」入門 金剛出版 pp.101-134.
真島 真理(1995).学習動機づけと「自己概念」 東洋(編)現代のエスプリ333 意欲‐やる気と生きがい 123-137.