
あれは暑い夏の日のことでした。涼と癒しを求めて、ふらりと葛飾区のプラネタリウム注①に足を運んだのが、私の“宇宙旅行”の始まりです。入口には「かつしかから宇宙へ」とあり、壮大なのに、どこか親しみやすい響きでした。
VRゴーグルも宇宙船もいらないのに、視点だけがスルスルと宇宙へ解き放たれていく——そんな現実の境目が消えるような体験が忘れられず、気づけば何度か足を運ぶ場所になり、今年のゴールデンウィークにも再び訪れました。
この演目は、いわゆる星座解説とは少し違います。上映が始まると、まず観客全員で「どの方向へ飛び立つか」を椅子のボタンで多数決します。今回の行き先は南半球の夜空の向こう側。東京では決して見られない星々へ向かうルートが選ばれました。
視界がふわりと浮き上がり、葛飾の街並みが足元から離れていきます。住宅街や川の流れがミニチュアのように小さくなり、やがて地球全体が視界に収まります。まるでテーマパークの人気アトラクションのような没入感があります。南半球へ向かう途中には、南十字星が姿を現します。
さらに旅は続き、太陽系を抜け、私たちの住む天の川銀河が渦巻く姿が現れます。太陽のような恒星が1000億個も集まった巨大な銀河です。その外側へ視点が抜けると、隣にはアンドロメダ銀河が浮かび上がります(こちらは1兆個の星の集まり)。さらにズームアウトすると、銀河が点のように見えるほど遠ざかり、無数の銀河が網目状に連なるのが見え、宇宙の果てまで到達します。日常では意識しない「尺度の違い」を実感します。
宇宙の果てからの帰路、静かな闇に包まれているうちに、いつのまにか眠気に誘われてしまいました。気づけば、「今日の葛飾の夜空」へと場面が移り、春の星々が投影されていました。赤みがかったうしかい座のアークトゥルス(麦星)と、青白いおとめ座のスピカ(真珠星)。どちらも昔は季節を知らせるカレンダーの星だったそうです。
この体験をしているとき、「鳥の目・虫の目・魚の目注②」という言葉を思い出しました。高いところから全体を見る鳥の目、足元の細部を見る虫の目、そして流れを読む魚の目。プラネタリウムのズームアウトは、まさに鳥の目の極端なバージョンです。
日常に戻ると、私は虫の目で学生のみなさんと向き合っています。ゼミでは文献を読み、レジュメを作り、発表するという地道な取り組みが続きますが、その合間に心が温かくなる場面があります。入ゼミしたばかりの後輩のために、上級生が「せっかくだから歓迎したい」と歓迎会を企画したり、卒業する先輩に後輩たちが似顔絵つきの色紙を贈ったり。受け取った先輩は、そんなサプライズがあるとは思っていなかったようで、何度も読み返しながら照れくさそうに笑っていました。共通のテーマを学ぶ小さな組織の中で、仲間を思いやりながら、自分もその中心の一人として関わろうとする姿には、ゼミで扱ってきたリーダーシップやチームワーク、モチベーションのエッセンスが自然に表れています。虫の目で見える世界には、そうしたつながりが確かに息づいています。
そして学生のみなさんは、大学という場所から、やがて社会というより広い世界へと旅立っていきます。虫の目で積み重ねてきた経験も、視点を少し引いてみると一本の線につながっていることに気づきます。社会に出れば、魚の目で「変化の方向性」を感じ取りながら、自分の立ち位置を探していくことになるでしょう。
宇宙の静けさに包まれながら、鳥の目も虫の目も魚の目もいったん手放し、そのすべてがひとつにつながる広がりに触れました。今という一点が思っていたよりもずっと開かれた場所なのだと感じたとき、私はそのまま銀河の中で居眠りすることになりました。
注①:葛飾区郷土と天文の博物館
注②:鳥の目・虫の目・魚の目: 物事を多角的に捉えるための三つの視点を指す。鳥の目は全体を俯瞰するマクロの視点、虫の目は細部に着目するミクロの視点、魚の目は時代や社会の“流れ(潮目)”を読む視点を意味する。経営や組織運営などの実務において、状況把握や意思決定の枠組みとして広く用いられている。(参考文献:伊藤元重 『経済を見る三つの目(日経文庫 1313)』日本経済新聞出版社,2014)


