コロナ禍となって約3年が経過しました。コロナ禍は様々な制約や不自由、生活様式の変化をもたらしましたが、その中で私自身がコロナ前と比べて大きく変わったなと思うのは、新型コロナをはじめとする感染症に対する意識です。手洗い・うがいといった基本的な感染予防は、コロナ禍以前ではインフルエンザの流行期に注意するくらいでしたが、今ではちょっと外に出ただけでもするようになりました。電車の中では咳をするのもはばかられる気がしますし、逆に周りの人が咳をしているとちょっと嫌な気持ちになって距離をとりたくなります。こうした意識や行動は、病気※1になりたくない、感染を避けたいといった心理を反映していると考えられますが、その心の仕組みはいったいどういうものでしょうか。
ヒトを含め、生物が進化の産物であることは多くの人がご存知と思いますが、心もまた進化の過程で形作られたものであり、生活環境における生存や繁殖に関わる問題に適応するように、とても長い時間をかけて進化してきたと考えられています。適応しなければならない問題は様々ありますが、病気に罹らないようにすることはその1つです。病原菌が多くあると思われる場所や、咳やくしゃみなど、病気に罹っている人に見られる特徴を有する人に、嫌悪感や不快感を覚えずに近づこうとする人と避けようとする人では、後者の心の仕組みをもった人のほうが生き残る可能性が高いと考えられます。そして、これが何百万年もの長い時間で繰り返されれば、結果としてそうした心の仕組みを持つ人の割合が多くなります。こうして獲得された心の仕組みは行動免疫システムと呼ばれており、このシステムが働くと、病気への罹患を防ぐような心理的反応や行動が導かれます(e.g., Schaller & Park, 2011; 沼崎, 2014)。咳をする人に対して嫌悪感を覚え、避けようとするのも、コロナ禍において行動免疫システムが働きやすくなっているというのが一因だと思われます。
さて、この行動免疫システムの働きは、病気への罹患を防ぐという点で適応的ですが、偏見や差別を生み出す要因にもなっていることが指摘されています。たとえば、肥満者に対する偏見は、病気に罹りやすいと思っている人ほど強かったり、病原菌の写真を見た後では強くなったりすることが示されています(Park et al., 2007)。同様のことは、障害者や高齢者に対する偏見でも確認されています。
罹患を防ぐ心の仕組みが偏見や差別を生み出す理由は、次のように考えられています。病気である人とない人を完全に見分けることは非常に困難です。とすると、「病気でない人を病気である」と判断する誤りと、「病気である人を病気でない」と判断する誤りがどうしても生じてしまいます。このうち後者の誤りは生存上のリスクが高いため、そのような誤りを犯さないように心は進化すると考えられます。そのため、“病気を持っているかもしれない”人々を回避しがちになり、結果として偏見や差別が生み出されるというわけです。
新型コロナが流行し始めた当初、医療従事者に感謝を示す機運がある一方で、彼らやその家族が避けられるような事態もありました。海外で日本人が街中を歩いているだけで突然暴行にあうといった、ヘイトクライムも多くありました。その背景には、行動免疫システムの「誤作動」があると思われます。3年も経つと、コロナ禍での制約や変化が日常になっている部分もありますが、偏見や差別の問題までもが日常とならないよう、留意する必要があるように思います。
※1 本稿での病気は、原則として感染症(病原体が体内に侵入することで症状が出る病気)を指します。
文献
沼崎 誠 (2014). 進化的アプローチ 唐沢 かおり (編) 新社会心理学――心と社会をつなぐ知の統合―― (pp.149-168) 北大路書房
Park, J. H., Schaller, M., & Crandall, C. S. (2007). Pathogen-avoidance mechanisms and the stigmatization of obese people. Evolution and Human Behavior, 28, 410–414.
Schaller, M., & Park, J. H. (2011). The behavioral immune system (and why it matters). Current Direction in Psychological Science, 20, 99-103.